すっきりした部屋であまりゴミを出さずに暮らしたい

暮らしは小さくてもすっきりと、心はゴチャゴチャしてても大らかに

振り出しに戻ることは恥ずかしくない

タイトルは、なんか人生についてでも語っているのかなと思われるかもしれませんが、ちょっと道に迷って、もと来た場所に戻ってしまったというお話です。

先日、郵便局から図書館へ行こうとした際のことです。バスなどが通る大きな通りを行けば確実です。でも、近道できるんじゃないかな?新しい道を開拓!と思って、住宅街の道を入っていきました。方角は間違っていなかったのですが、残念ながら、通り抜けができず、結局、元のところに戻ってしまいました。その住宅街の道では途中、工事をしている箇所があり、工事現場の入口におじさんが立っていました。そこをもう一度通るのはちょっと恥ずかしい!なんとか違う道から戻ろうとしたのですが、結局同じ道になってしまいました。きっと、おじさんは私のこと覚えてないし、もし覚えてたとしても、道を間違えたのかなって思う程度だろうと、腹をくくって、おじさんの前を通り過ぎました。

何事もなく通り過ぎたと思った途端、おじさんから「違う道に行っちゃうよ」と声をかけられました。よく考えれば、10分以内の短時間で、しかも人通りはほとんどありません。ばっちり覚えられていたようです。恥ずかしかったのは事実ですが、それほど恥らう年頃でもないので、素直に「図書館に行けると思ったんですけど、通り抜けできないんですね。」と返したところ、「(図書館への行き方は)よく分からないや。駅なら分かるけど」と心配までしていただき、「戻れば大丈夫ですんで!」と大丈夫ですアピールをして、元の通りへ戻りました。その後、無事に図書館に着きました。

地図を読むのはそれほど苦手ではないのですが、方向音痴ではないわけではありません。建物の中に入って、ぐるぐる移動してしまうと、どっちが入口かというのは分からなくなってしまいます。私が車を運転するようになった時は、カーナビがついているのが普通でしたので、とてもありがたく思います。そういえば、子供の頃、母が知り合いの方のところへ行くのについて行った際、母は事前に曲がらなければならない交差点をすべて覚えていました。カーナビがなかった頃の話を職場の方からも聞いたことがありますが、 車の中に地図は必須で、もし道に迷ったら、コンビニの駐車場に入って、そのコンビニの店舗名を確認して、地図で現在地を確認していたとのことでした。また、今みたいに携帯電話がなかった時代なので、グループで複数台でどこかに行く時というのも大変だったようです。

便利な時代でありがたく思いますが、機械がなかったら、自分の感覚だけだと相当怪しいです。でも、そんなときは、躊躇なく振り出しに戻ろうと思います。