すっきりした部屋であまりゴミを出さずに暮らしたい

暮らしは小さくてもすっきりと、心はゴチャゴチャしてても大らかに

本棚:『定年後の断捨離』

やましたひでこさんの『定年後の断捨離 モノを減らして、愉快に生きる』を読みました。定年までは20年以上あるけれど、老前整理の本とかも好きでして、「断捨離」の生みの親であるやましたひでこさんの本なので、興味を持ちました。

 

序章の『「これまでの常識」を断捨離する』において、定年後を愉快に生きる5か条として、

 1.とにかくモノを減らす

 2.主婦を「定年」する

 3.家と土地に縛られない

 4.新しい友達をつくる

 5.「そこそこ人生」を断捨離する

と書いてあります。若い人は、がむしゃらにモノを減らさなくてもよいかなと思いますが、3から5は定年後でなくても当てはまるのではないかなと思いました。

本書で一番印象に残ったのは、『「家」というお荷物』について。

「不動産であったはずの家、資産であったはずの家が、なんらモノと変わりがないという思いをメールマガジンで配信したところ、ある工務店経営者からこんなコメントが寄せられました。

「家は、大きなゴミとなり始めています。ゴミのような家を建てすぎたと思います。世界では家は文化でも、日本の家は工業製品です」」

との文章に少し衝撃を受けました。とはいえ、私自身もこれに似た感覚は持っていました。私の住んでいるところは区画整理されて、これから家やお店が増えていく(はずの)場所なのですが、どこかしらで建築中なので、家が建つのを見るのは散歩の楽しみの1つです。でも、家が建つのを見慣れてくるにつれて(相変わらず飽きることはないですが)、確かに高い買い物ではあるけれど、今は新しくてきれいだけど30年後はどうなんだろうとか、家も消耗品なんじゃないかとか思うようになりました。

本書では「不要・不適・不快」になったら家も手放すと書いてあります。そして、著者は夫婦で40年間暮らした石川県小松市から沖縄県那覇市へ移住しています。そして移住のススメの中で以下のように書いています。

「人生とは、見切り発車の連続。

準備が完璧に整ってから、などと思っていると、旅立ちの機会を逃してしまいます。そう、完璧なんていうものは幻想。「用意周到」「備えあれば憂いなし」という言葉がありますが、どこまで用意し準備したら十分といえるのでしょう。人生とは、エイッと見切り発車をしてこそ、ダイナミックに展開していくものなのです。」

そして、人生は一度きりですから、「そこそこ人生」も断捨離したいですね。