すっきりした部屋であまりゴミを出さずに暮らしたい

暮らしは小さくてもすっきりと、心はゴチャゴチャしてても大らかに

本棚:『もうレシピ本はいらない』

稲垣えみ子さんの『寂しい生活』の中で、冷蔵庫を手放したことが書かれており、冷蔵庫なしでの食生活についても少し書かれていますが、この食について中心に書かれているのが本書。「毎日同じメニューなのに走って家に帰る」とか「調味料地獄から脱出せよ」「調理道具は揃えるな」などなど、面白いです。

 

大学生となり初めての一人暮し。掃除も洗濯も面倒ではあったけれど、何が一番困ったかというと料理。良くも悪くも、実家では料理を手伝わなくとも文句は言われませんでしたから、ただ食べるのみ(小学生の頃に皿洗いの手伝いはあって、その後、皿洗いから米研ぎに変わり、これはずっと続き、今でも帰省すると私の仕事となります)。昼は学食で食べるし、朝はご飯と納豆でいいとして、夜はどうしよう…。実家から持たされた婦人誌の付録とおぼしきレシピ集を見るも、作るのが大変そうだし、食材がいろいろ必要だし(しかも使う量は中途半端だったりする…)、そして調味料もいろいろ必要で…。そんな中、使う食材も調味料もシンプルで電子レンジでの作り方が載っていた かぼちゃの煮物や人参のグラッセ。ただ問題が1つあって、キッチンスケールを持ってなかったので、かぼちゃや人参の重さはテキトー。すなわち、調味料はちゃんと計っていたけれど、そもそも食材の重量がテキトーだから、計っていないも同然で…。たまに奇跡的に美味しくできるときもありましたが、大抵いつも微妙…。ますます料理に対する苦手意識が強くなりました。

しかし、そんな私がいまや毎日弁当持参。といっても、弁当の中身は週末作り置きしたものをつめているだけで、毎日一緒です(ある意味、抜群の安定感です)。それまでは、朝食はいいとしても、昼食と夕食は毎日同じではいけないという思い込みがあって、余計にハードルが上がっていました。しかし、以前読んだ本の中で、週末に野菜たくさんのスープを作って、一週間かけてそれを食べる、といったのを読んで、毎日同じでもいいじゃないか!と。また、去年あたりから調味料もほぼゼロとなりまして、料理に対するハードルが下がりました。かぼちゃや人参は蒸すだけで十分、甘くて美味しいです。今は、キッチンスケールと「電子レンジで蒸し野菜」みたいな容器があるので、それを使っていますが。大学生の頃の私に声をかけられるのなら、「野菜は蒸したら たいてい美味い、調味料はなくても十分うまい!(むしろ味付けしようとするから難しくなる)」と言ってあげたいです。蒸すといっても、蒸し器は持っておらず、蓋つきフライパンで弱火でじっくり加熱する+ときどきかき混ぜる、というものではありますが。

そんな感じなので、そういえばレシピ本は最近見てないな…と。ずいぶん手抜きの料理で、そんなの料理のうちに入らないと思われる方もいるでしょうが、自分で食事を用意して、ちゃんと生活しているなと思えるし、毎日同じようなものでも飽きないし、食べるときは幸せを感じます。なのに、ほぼ自炊だから食費はそれまでよりも安上がり!というおまけつきです。